想定質問集

この発表は何ですか?

LSI(集積回路)で、自分だけのギター用やベースギター用のディストーションエフェクタ(アナログ方式)をつくれますよという発表です。

LSIは大量生産するもので開発にはとてつもなくお金がかかると考えられてますから、自分だけのLSIをだれでも安くつくれるようになるのは驚きではありませんか?

ディストーションエフェクタってなんだ?

エレキギターなどで音を歪ませて独特のサウンド効果を作るものです。ミュージシャンの皆さんは音作りのためにエフェクタをいくつも所有して使い分けているらしいです。

ギター用とベース用は何が違う?

ギター用をベース用に使うことはできますが、スタジオで実際に聞くと違うらしいです。ベース音を歪ませると音が痩せて聞こえます。そこで、今回の試作では、歪んだ音に、もともとの原音を混ぜてみました。ボリュームにより混合する割合を変えることができます。

なぜアナログLSIなんだ?

デジタル(FPGAやDSP)で信号処理をするとディレイが発生するためプロの耳には気になるというのはウソですが、真空管を使った歪発生と同じように、特定のファブ(今回は北九州の2umプロセス)固有の歪特性を楽しむのも面白いのではないかと考えました。試作したエフェクタでは、NチャンネルとPチャンネルMOS素子のダイオード特性、ESD用ダイオードのそれぞれ異なる非線形性を楽しむことができます。

LSIって何だ?

シリコンチップの上にトランジスタや抵抗、キャパシタなどの部品を高密度に集積したデバイスです。一枚のシリコンウェーハからたくさんのシリコンチップを切り出すことができます(今回のデバイスは、3.2mm角のチップに相乗りしてます)。切り出したベアチップは、通常パッケージ(今回の展示はQFP 64ピンパッケージ)に封入します。ベアチップのまま基板にボンディングすることもできます。

なぜこれまでエフェクタはLSIで作られてないんだ?

LSIは大量生産を目標にし1枚のウェーハからより多くのチップを取るため、大規模な工場(ファブ)で大口径なウェーハを使い超微細な製造工程を実現してきました。したがってファブには巨額の投資が必要であり、少量生産するLSIではペイしません。エフェクタの愛好者は多いといってもたかが知れており、エフェクタは大量生産に向きません。したがって現在売られているエフェクタは個別部品をプリント基板(ボード)上に組み上げたものであり、消費電力、小型化、信頼性、拡張性などに課題があると思います。雑誌などにはエフェクタの自作記事も多いですが、プリント基板に組むのはよほど手先の器用な人でないと難しいでしょう。

LSI開発には大金が必要じゃないのか?

これまでの常識ではそうでした。でも、MakeLSI:でやっているように、微細化をやめた枯れた設備のファブを使い、シリコンチップ上に何人かで相乗りするな方法を取り、また大量生産品の開発に使われる高価なCADでなく、フリー(無料)やオープンソースのCAD(計算機を使った開発ツール)を使えば今でもお金をかけずにLSIを開発することができます。また、近い将来、日本の誇るミニマルファブ生産方式により、低いコストで少量多品種品の生産も可能になります。

LSIって作るのはむつかしいのか?

そんなことはありません。アナログエフェクタについていえば、そこそこの電子回路の知識がありCADを使うのが好きであれば大丈夫です。超高周波とか超高精度とかでなければ、計算機シミュレーションの通りに動きます。LSI固有の知識は必要ですが、LSI設計の良い教科書はいくつかあるので自習可能です。個別部品を使ってボードに組むのは、経験や知識、それに手先の器用さが必要です。きちんと勉強して自分のLSIを作ったほうが、むしろ簡単かも知れません。ボード上に組むのも、部品点数が圧倒的に少なくなるので簡単になります。

LSIはどうすれば作れるの?

金沢大学の秋田先生が世話人をされているMakeLSI: http://ifdl.jp/make_lsi/ に加入してください。そうすれば、さまざまな技術情報を収集し、そこで提供されるツールを利用し、試作のチャンスを利用することができます。MakeLSI:は、2015年から試作をはじめ、2016年に1回、2017年にすでに1回の試作をおこない、もう1回は7月にテープアウト締め切りがあり、8月に製造を予定してます。大学や高専であればVDECを利用することもできますが、MakeLSI:は無料やオープンソースのCADツールを利用しますので一般の方でも参加することができます。MakeLSI:では、勉強のためインバータ1つから試作することができ、実際に主婦の方が試作に参加されています。ただしMakeLSI:の試作は商用目的ではなく、1つのチップの複数の回路が相乗りし、回路やレイアウトは公開されます。入手できるLSIも、たとえばQFP64ピンパッケージが1つと、ベアチップが1つなのでまさに自分だけのLSI開発といえるでしょう。

LSIを作るのはどのくらい時間がかかるのか?

テープアウトまでの設計期間と、テープアウト後の製造期間にわけると、前者は、回路の規模、難易度によります。テープアウトの数か月前に秋田先生からアナウンスがありますので、設計期間はそれに合わせます。後者は、ファブによって異なります。現在MakeLSI:で主に使わせていただいている北九州のファブの場合、ウェーハ工程は1週間から2週間程度、その後チップを切り分けるダイシングやパッケージングが行われるのでテープアウトから2,3か月後にチップが手元に届きます。一般のファブの場合、テープアウトから3か月程度かかります。思ったよりずっと、長いでしょう?待ちきれないですよね。後述するミニマルファブではこれを3日にするのを目標としています。

LSIができあがるまで、音は聞けないのか?

エフェクタのような音を聞いて評価したいようなデバイスの場合、試作したら3か月待ってまた試作というのではやってられません。さいわいLTspiceには、音声ファイル(Waveファイル)を入力として回路シミュレーションをおこない、Waveファイルを出力として生成できる機能があるので、実際に音を聞いて回路の評価を設計段階で行うことができます。ただし例えば30秒間の演奏をシミュレーションするには高速なPCでも、30分とかシミュレーションに時間がかかります。

回路設計/LTspiceってなんだ?

LSI設計にはいろいろなCADツールを使いますが、LTspiceは回路図を入力し動作をシミュレーションできます。Linear Technology社(つい最近アナログデバイス社に買収された)が自社のLSI製品を拡販するために無料で提供するツールです。とてもよくできています。一般の回路設計に自由に使って構わないとライセンスに書かれてますが、商用の半導体回路設計に使うのは問題があるかも知れません。

どうすれば使えるんだ?

Linear Technology社のWebページからダウンロードして、WindowsやMacで使うことができます。LinuxではWINEというエミュレータ上で問題なく使えます。回路図を入力し、MakeLSI:から提供されるSPICEモデルを設定すれば、DC解析、AC解析、トランジェント解析など簡単に実行できます。オンラインマニュアル(英語)でも十分ですが、最近は書籍もたくさん売られてます。

レイアウト設計/WGeXってなんだ?

回路設計が終わったら、素子をチップ上に配置し配線させるためにレイアウト設計を行います。WGeXは、秋田先生の恩師の浅田先生がお作りになり、MakeLSI:に対して無料で提供してくださっているレイアウト用ツールです。MakeLSI:に加入するとWGeXをインストールするための情報が知らされますので、Windows上で利用できます。MacやLinuxではWINEを使えば問題なく使用できます。WGeXには、設計ルールが満足されているか検証するDRC(Design Rule Check)、および設計した回路が正しくレイアウトできているか検証するLVS(Layout versus Schematic)に必要なSPICEネットリストをレイアウトから抽出するためのCEX機能が備わっています。必要なルールファイルはMakeLSI:から提供されます。MakeLSI:では現在無料のGladeの試用も行われており、Glade用のルールファイルも提供されます。

LVSってなんだ?

回路図を2次元のレイアウトに落とすレイアウト設計は面白くまたアナログ性能におよぼす影響も大きい重要な作業です。しかし回路の規模が大きくなると、回路素子の接続関係や素子の形状が正しく実現できているかを、目視で検証するのはなかなか骨が折れます。それを計算機で実行するのがLVSです。LVSは2つの工程からなります。レイアウトからのSPICEネットリスト抽出(WGeXではCEXと呼ぶ)とネットリスト比較です。ネットリスト比較ができるオープンソースのプログラム(netgen)を、エフェクタの設計では使っています。なおGladeにはGeminiというオープンソース(らしい)のプログラムが組み込まれています。

どうすれば使えるんだ?

Open Circuit DesignのWebサイト http://opencircuitdesign.com/netgen/ からダウンロードすることができます。ソースコードで配布されているので自分でコンパイルする必要がありますが、難しくありません。日本語に翻訳したマニュアルが http://www.anagix.com/free-opensource-eda-tools/netgen にありますのでコマンドベースで使うことができます。アナジックス社のALB・ALTA http://www.anagix.com/ji からLTspiceとWGeXを使うことができますが、netgen専用のGUIも提供しています。

オープンソースとフリーって違うの?

全然違います。オープンソースも無料で使うことができるという意味では同じですが、オープンソースがその名の通りソースコードを公開するのに対し、フリーソフトはソースコードを公開しません。フリーソフトは、有料ソフトの機能限定版で提供される場合が多く、将来的に例えば買収されて無料提供が打ち切られるなどの不安要因はありますが、相談窓口はしっかり存在し、バグは修正される安心感はあります。一方オープンソースは、問題が起きた場合ソースを見ることができるという強みはありますが、現実的に容易ではなく、バグ報告しても修正される保証もなく、ドキュメントはたいてい貧弱であるなどなど問題はあります。しかし、きちんとしたプロジェクトの場合、多くの優秀な開発者を引き付け衆知を集めた開発が行われるメリットがあります。一般のITソフトの場合、基本的なプログラムはオープンソース化が進んでいますが、半導体CADの場合、ユーザ数が非常に限られるため、優秀な開発者が衆知を集めるという状況にはないですが、高価な商用CADもユーザ数が限られるので、少量多品種LSIの開発でオープンソースが活用され商用CADにも活用されていくのが望ましい方向だと思います。

LSIを作れる人ってどれくらいいるの?

これまでLSIの開発にタッチできるのは、一部の企業と研究所、大学、高専に限られてきたので、LSIを実際につくれる人はほんの一握りの限られた人たちです。MakeLSI:は、そんな特権階級を打破する民主化の試みとも言えますが、LSIを作れる底辺の人口を増やしていかない限り、国際的に競争力のある人材を育成できないのではないかと思います。また今はどう作るかよりも何を作るかが、国際競争力にとってより重要だと思います。言い方は悪いですがへたな鉄砲でも打つ人が増えればヒットが出る可能性は高まります。

LSI用回路設計(とくにアナログ)は普通の設計と何が違う?

ディスクリート素子を使った設計(プリント基板を使った設計)では、素子を選別して使うことができます。またプリント基板の製造期間は短いですから作り直しが簡単にできます。LSIは、製造プロセスのばらつきを考慮した設計を行わなくてはなりません。ペアにした素子のマッチングは良いというLSIの性質を利用して、カレントミラー回路や差動回路が多用されます。テープアウトからチップを入手するまでの期間が長く(通常3か月)、一般のLSI設計は高額の費用がかかるので、徹底した回路シミュレーションやレイアウト検証をおこない、ミスのない設計が要求されます。

LSIって一体いくらくらいで作れるのか?

回路の規模、どのようなプロセスを使用するか、どれだけの数を製造するかで金額は全く違ってきます。MakeLSI:の場合、北九州の2um CMOSプロセスを主に使ってますがこれは秋田先生が費用を負担されていて、受け取れるチップの数が非常に少ないので参考になりませんね。フェニテックの0.6umプロセスは、MakeLSI:でもNDAなしで使えるよう検討を進めていますが、NDAを結んで通常のシャトル便を使うことができます。1.8mm角のチップの場合、21万3千円(大学は14万5千円)でベアチップを20個入手できます。

ファンドリー(ファブ)ってなんだ、我々が使えるのはどこだ?

Wikipediaによれば、ファウンドリとは、半導体産業において、実際に半導体デバイス(半導体チップ)を生産する工場のことを指す。ファブ(fab)と呼ばれることもある、とのこと。MakeLSI:で現在使えるのは、前述のように、北九州の2um CMOSプロセスとフェニテックの0.6um CMOSプロセスです。将来的にミニマルファブを使いたいと考えています。

ミニマルファブってなんだ?いつ、いくらで使えるんだ?

ミニマルファブは、産総研で開発が進んでいる新しい半導体生産装置です。ウェーハサイズは0.5インチ、製造装置は横幅30cmに規格化されており従来のファブ(メガファブ)とは全く異なる少量多品種生産に適した方式です。ウェーハに直接露光をおこなうためマスクが要らないのも特徴です。1つから生産できるのが特徴ですが、LSIを3日で試作できるようになれば設計のやり方が変わりますよね。いつ、いくらかについては、森山に直接お尋ねください。

少量多品種生産のビジネスをお考えの皆さんへ:

MakeLSI:は、基本的に個々のCADツールを使って設計できますが、(株)アナジックスでは、オープンソースやフリーのCADツールを使いやすくし、設計データの共有と再利用を促進するために、ALB/ALTAというCADシステムを開発しています。ミニマルファブを推進するファブ研究会の会員企業として、ALB/ALTAをミニマルEDAの中核システムに位置付けています。ミニマルEDAの最終ターゲットはいうまでもなくミニマルファブですが、MakeLSI:で使用するファブでも利用できます。アナジックスは、ALB/ALTAを通じて、ミニマルEDAの活用を推進し利用を支援します。